公平と平等のジレンマ①制度が整うほど現場が危うくなる?「公平」の裏に潜むリスク

兵庫県で活動する産業ケアマネの片岡です。

「急な体調不良で休ませてください」
「子供が熱を出してしまって……」

職場からそんな連絡が入ったとき、真っ先に思い浮かぶのは誰の顔でしょうか。
休む本人の体調や状況を心配する一方で、調整役の頭をよぎるのは「残された仕事を、今日は誰が回すのか」という冷徹な現実です。

私は約20年間、福祉や介護の現場で、どちらかといえば「支える側」や「調整する側」として走り続けてきました。
そこで目にしたのは、制度が整い、休みが取りやすくなる一方で、特定の誰かに負担が集中し、現場が静かに疲弊していく歪な構造でした。

「支える人」はいつも同じ人

感染症の流行や、子育て世帯が重なったとき、休みは続出します。それは仕方のないことです。制度があり、権利がある以上、守られるべき「公平(Equity)」です。

しかし、その穴を埋める「支える人」に目を向けると、そこにはいつも同じ顔ぶれがありました。

例えば…
・独身の人や子どもがいない人
・子どもが自立した人
・「今のところ」家族事情(介護など)がない人

自分の担当業務に加えて、溢れ出た仲間の仕事も背負います。
黙々とキーボードを叩き、あるいは現場を走り回る。

そんな人たちへの配慮に何ができるのか。
昇進?昇給?ねぎらいの言葉?
これに対する答えってなんだろう?
私だったらどうなれば報われる?
答えはひとつなのか、それとも人それぞれなのか。

そんなことを考えていました。

「公平」の裏で、誰かが「不平等」を飲み込んでいる

企業が「仕事と介護の両立支援」などの制度を整えるのは、大切なことです。
しかし、制度が行き渡れば行き渡るほど、職場にはある「リスク」が顕在化します。

それは、「事情がない(ように見える)人が置いていかれる」というリスクです。

「あの人は大変だから助けてあげよう」という善意には、期限があります。
いつ終わるかわからない介護や、続く体調不良を支え続ける側が、「自分の時間は?」「自分の負担は平等なの?」と疑問を抱き始めるのは、人間として当然の感情だと思うのです。

調整役としての葛藤と「自己防衛」

私自身、かつては「力になりたい」と思う反面、何でも請け負おうことには限界がありました。
「良い人」になりきれなかった現実という表現が近いかわかりませんが、「なんでもは請け負わない」という自己防衛の線を引いていました。
しかしそれはそれで、「もっと力になれたのではないか」という罪悪感との戦いでもある。

その時、そんな気持ちになった自分が確かにいたのです。

制度を整え、活用を促進したその先に、現場には何が起きるのか。
「公平」を追求した結果、誰かが「不平等」という犠牲を払う構造になっていないか。

企業が本当に「両立」を実現したいのであれば、この「支える側のリスク」を直視することから始めなければなりません。

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私、産業ケアマネ 片岡 
主に兵庫県の企業様を対象に「仕事と介護の両立支援明石事務所」を運営しています。
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