公平と平等のジレンマ③精神論の限界と、仕組みへの絶望
兵庫県で活動する産業ケアマネの片岡です。
現場が回らない。でも、休まなければならない人はいる。
現場で調整役を担ってきた経験のある私は、この状況に常に危機感を感じてきました。
人手不足が常態化していた現状において、「休みを取れる余白」がない状態は、どんなに「お互い様」と心の中で唱えようとも、その日どう回すかという現実は変わらないからです。
現場で答えが出なかった「問い」
私がマネジャー職を担う中で一番苦しかったのは、制度を使いたい人の背中を押しつつ、同時に現場を支えるメンバーの様子も伺わなければならない立場だったということです。
「人員不足なのは分かっている。でも、誰も代わりがいない中で、どうやって支える側の負担を減らせばいいのか?」
正直に言えば、当時の私には明確な答えは出せませんでした。 人員はギリギリ。募集をかけても人は来ない。
そんな状態の中で、「支える側も休もう」なんて、口が裂けても言えない。
結局、私自身も含めた「支え手」の根性と自己犠牲で、何とかその場をしのぎ続けるしかありませんでした。
でも、そんな無理がいつまでも続くはずがないことも、分かっていました。
「お互い様」が機能しなくなる瞬間
本来、「お互い様」という言葉は、ギブ・アンド・テイクのバランスがあって初めて成り立ちます。
「今は私が支えるけれど、来月は私が休ませてもらうね」 そんな風に、休みの順番が回ってくる実感があれば、人は頑張れるでしょう。
しかし、仕事と介護の両立支援のようにゴールが見えない場合や、慢性的な人手不足がある職場では、支える側には「いつか報われる」という実感が持てません。
あるのは「今日もまた、誰かの穴を埋めた」という疲弊感だけです。
「この状況、限界!」
そう叫びたくなるような心の状態は、個人の性格の問題ではなく、現場に「余白」を設計できなかった組織や社会における構造的な問題でした。
精神論から「コスト」の視点へ
では両立支援は「配慮」という名の善意なのでしょうか?
もちろん善意ではくくれません。
現場の視点で重要なのは、支援に必要なのは「優しさ」ではなく、具体的な「予備力(リソース)」です。
誰かが休むことを想定した業務の標準化、特定の誰かにしかできない仕事をなくす仕組み、強いては理由なく働き方を選択できる仕組み…。
これらを用意することは簡単ではありませんが、これから労働力が減少する日本社会において、事業を継続するために長い目で見ていかなければならない「必要経費」です。
答えが出ないほどの苦境にいた私ですが、
次回は…
両立支援に取り組む今、「不公平感」を「全社員のメリット」へと書き換える、その時の自分の希望となる具体的な処方箋について考えていきたいと思います!
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私、産業ケアマネ 片岡 は
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